カープとマラソン観戦のススメ

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平成のオリンピック回顧録①~バルセロナ

平成もあと2か月半で終わります。

 

平成に行われたオリンピックについて順番に振り返ってみたいと思います。

 

まずは1992年に行われたバルセロナオリンピック。

この大会は自分と同年代の選手が主に出場していて、思い入れはありました。

 

日本選手団の主将が柔道の古賀稔彦、旗手がバレーボールの中田久美とまさに世代です。

 

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バルセロナオリンピック名場面ベスト5

日本勢は金3、銀8、銅11とメダル獲得数で言えば苦戦していた時期でした。

特にソウル、このバルセロナ、次のアトランタは日本選手があまり金メダルを獲得出来ていませんでした。

それだけ一つの金メダルの印象は強かったのですが。

 

日本勢限定で名場面ベスト5を考えてみました。

 

 

5位 柔道 吉田秀彦金メダル

抜群の技の切れを見せて圧倒的な強さで金メダルを獲得しました。

この時は23歳くらいだったと思いますが、一番強かった時期でした。

特に決勝戦の1本は見事でした。

 

この大会直前に古賀と練習をしていて、古賀の左ひざに大けがを負わせてしまったことも当時大きなニュースになりました。

古賀も金メダルを獲得したので報われたと思います。

 

 

4位 女子マラソン 有森裕子銀メダル

日本代表枠で言えば3番手で代表になった有森。

代表を争った松野明美の記者会見も話題になりました。

 

この時の他の代表は、前年の世界選手権で銀メダルを獲得した山下佐知子、初マラソンの世界新記録を出していきなり代表になった小鴨由美でした。

 

ロシアのエゴロワとのデットヒート。最後は競技場の前で離されましたが、もしかしたら勝つのではないかと力が入りました。

 

その後、アトランタでも銅メダルを取り、シドニーでの高橋尚子、アテネでの野口みずきの金メダルと日本女子マラソン黄金期の礎を作りました。

 

 

3位 男子マラソン 森下広一銀メダル

森下も初マラソンの別大マラソンで日本新記録を出しました。

2回目のマラソンの選考会の東京国際でも勝ち代表を掴みました。

2回とも中山竹道とデットヒートを演じたのが印象的です。

 

韓国の黄選手との一騎打ちで、モンジェイック丘で離されてしまいましたが、銀メダルは立派です。

 

この時の日本代表は森下、中山と期待の一番手は前年の世界選手権優勝の谷口浩美でした。

豪華な顔ぶれですね。

 

 

2位 柔道 古賀稔彦金メダル

平成の三四郎こと古賀稔彦。ケガをおして見事な金メダルでした。

日本の期待を一身に背負い、プレッシャーと戦い、そしてケガまでしてしまいましたが、執念で金メダルを掴み取りました。

ロサンゼルスオリンピックの山下泰裕を思い出しました。

 

痛いながらも準決勝の背負い投げ1本は鮮烈に覚えています。

 

 

1位 競泳 岩崎恭子金メダル

バルセロナといったらこれでしょう。

今でも幾度となくVTRで見る機会がありますが、この時のノーマークの14歳の少女の金メダルには驚かされました。

ノーマークといっても予選を好タイムで泳ぎ、忘れましたが3~5の真ん中のコースで決勝を泳いでいたので、決してマグレではありません。

 

大会直前から急激に伸びて、ピークでオリンピックを迎えたのでしょう。

その後あまり活躍出来ませんでしたが、あれだけ話題になり、マスコミ対応も大変でしたでしょうし、成長で体も変わってくるので仕方がないですね。

 

 

その他印象に残った選手

やはりベスト5をあげたら金、銀メダリストになりました。

 

その他では柔道の田村亮子が高校生で初めてオリンピックに出て銀メダルでした。

金も期待されていましたが硬くなっていたようです。

 

陸上400メートルの高野進の決勝進出も素晴らしかったです。

日本の短距離選手としては60年ぶりの決勝進出となりました。

 

アマチュアのみで臨むのは最後となった野球は銅メダルを獲得しました。

のちにプロで活躍する青山学院の小久保裕紀が印象的でした。

ヤクルトに進んだ伊藤智仁もいましたね。

 

 

振り返ってみると、昔から日本のお家芸と言われメダルを量産して、最近のオリンピックでもメダルをたくさん取っているレスリング、体操、競泳などがこの時期低迷していましたね。

メダルの獲得数が少ないのはこのあたりが原因だと思います。

 

次回は1996アトランタについて書きたいと思います。