カープとマラソン観戦のススメ

カープとマラソン・駅伝を中心にスポーツの感想を気ままに綴ったブロブです

カープファン歴43年~ファンになったきっかけ

いよいよあと2週間でプロ野球もキャンプインですね。

カープは昨シーズン見事にリーグ3連覇を達成しました。ストーブリーグでは丸選手の巨人へのFA移籍、そして人的保証で長野選手が移籍してくるという大きなニュースがありました。

2019シーズンはどうなるのでしょうか? 今からとても楽しみで開幕が待ち遠しいです。

 

 1975年赤ヘル旋風初優勝

自分がカープファンになったのは、1975年の初優勝の時からです。

当時はまだ小学2年生。当然細かな事は覚えていませんが、弱小だった赤ヘル軍団が旋風を巻き起こしたのが、とてもかっこよく映りました。

当時は鹿児島では野球中継は巨人戦しかなく、周りはほとんど巨人ファン。カープファンは自分一人でした。変わっていたのかもしれませんね。

一番憧れていた選手は山本浩二でした。そこは普通ですね。

当時の山本浩二は、若手から中堅にさしかかる位の年齢。今のタナ・キク・マルと同じくらいで丁度油の乗って来たころで、この年首位打者を獲得しました。

魅力は走攻守3拍子揃っていること。今では普通ですが、4番打者がセンターを守り、盗塁をたくさんする事はあまりありませんでした。

当時の4番打者はファースト、サード、レフト、ライトなどが主でセンターはあまり記憶にないです。

センターは阪急の福本や巨人の柴田のように俊足の1番打者がほとんどでした。

 

当時の基本オーダーは
  • 1番 セカンド   大下
  • 2番 ショート   三村
  • 3番 ファースト  ホプキンス
  • 4番 センター   山本浩二
  • 5番 サード    衣笠
  • 6番 ライト    シェーン
  • 7番 レフト    山本一義
  • 8番 キャッチャー 道原

 

投手陣では外木場、池谷、佐伯あたりがローテーションで投げていた記憶があります。

自分が強烈に覚えているのは、優勝を決めた試合の後楽園球場の巨人戦、胴上げ投手になったアンダースローの金城です。

うる覚えの当時ですが、そのシーンは鮮明に覚えています。

 

 日本シリーズ敗退

初の日本シリーズに臨んだ古場カープでしたが、0勝4敗2引き分けという結果で1勝も出来ずに敗退しました。2引き分けというのも珍しいですね。

カープはこの年、1986年、そして昨年と3度引き分けています。しかもすべて第1戦。

そして残念なことに、そのシリーズはすべて敗退しています。初戦の引き分けと相性が悪いですね。

 このシリーズは阪急の抑え山口高志に完全にやられました。あの剛速球は強烈でした。

 

この敗戦を糧に1979年、1980年の2年連続日本一の第一次黄金期を迎えることになりますが、そのあたりはまた次回書きたいと思います。